探偵喫茶の実情

  九磨(きゅうま)駅の北口から徒歩六分。雑居ビル群と住宅地の境界線あたりに、軽喫茶『ポワール』はひっそりと佇んでいる。『ポワール』の左隣にはドラえもんにでてきそうな空き地があって、ただ残念ながら土管は横たわっていない。雑草が申し訳程度に生えているばかりである。
 その右隣には何の変哲もない民家が建っている。ここが、あかりとその叔父、賢介が暮らしている場所である。もっと言えば、軽喫茶『ポワール』はその叔父が経営している。そしてその二階の、『人生相談探偵事務所』も、残念ながらそうだ。あかりは大学進学のため四月からこの町に越してきたが、数少ない新規の友達にも自分の家については今まであまり話していない。叔父さんと暮らしている、とだけ言ってある。その隣にある、この建物との関係については一切口外していない。
 理由は簡単だ。この建物、特に二階の人生相談探偵事務所は、この町ではかなりの有名スポットだからだ。勿論、いい意味ではない。キワモノ的な意味で有名なのだ。そして、両親から受け継いだ喫茶の二階に最悪な看板を掲げた張本人も、別の意味で有名である。
 賢介叔父さん。叔父さんとは言っているが、あかりの父とは九つも離れているため、まだ三十四歳の独身だ。そして、その天才的に残念な感性とは裏腹に、その外見は正直、姪のあかりから見ても悲しいくらいイケメンである。少なくとも、彼が九磨駅にぼんやりと佇んでいれば道行くマダムたちが「ほう」と足を止めてしまうくらい、彼の前を通り過ぎる女子高生が呼吸困難になるくらいには魅力的な人物だ。外見だけは。いや、そんなことを言ってはいけない。彼は大のきれい好きだし、料理は天才的にうまいし、おかげで軽喫茶『ポワール』は連日女性たちで混雑している。店を訪れた客たちは皆、賢介のコーヒーを淹れる手つきにうっとりとしてしまい、慢性的なカフェインの過剰摂取に陥っている。叔父があんなちゃらんぽらんな性格ながらもやっていけているのは、喫茶店の売り上げが好調だからに他ならない。
 ただ、喫茶を訪れる客たちのほとんどは、二階の事務所のことは見てみぬふりをしている。あるいは存在を知らない。午前中と、喫茶が閉店してからの各二時間ずつしか開いていないからだ。あるいはやっぱり、胡散臭さがぷんぷんしているからだ。人生相談なのか、探偵業なのか。本人はどっちもやりたいからくっつけちゃったらしいのだが、その感性こそが叔父という人間を端的に表している。この人はあかりが出会った中で一番、残念な人間だ。そうして、それだけ残念なのにもかかわらず毎日楽しそうに生きていることも腹が立つ。
 では何故、あかりはそんなみょうちきりんな人間と一緒に暮らしているのか。
一つは、大学の近くに家が建っているからだ。家賃がかからないから両親にも負担をかけないし、父の生家ともあって相当な広さだから、プライバシーを保ちつつ居候生活を過ごすことができる(父と叔父の両親、つまりあかりの祖父母は福井に一軒家を建て、今や悠々自適に暮らしている)。

 

(続く)